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【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編 (後半)〜

 2016/10/14 DJ講座 日本語ラップ
この記事は約 10 分で読めます。 1,032 Views

00年代半ば〜後半

(前回の続き)

一度、隆盛を極めた日本語ラップシーンは2000年代も半ばに入ると落ち着きを取り戻し始めます。

そして聡明期を担ってきたさんぴん世代のアーティスト達が再び表舞台を引率し、掻き乱されたシーンの仕切り直しが図られるかと思いきや、

この時期にシーンの中核を担い、若いリスナーから支持を得たのは90年代とは異なる新たな価値観を提示して表れた新世代のアーティスト達でした。

 

それらのアーティスト達はこれまでに築かれてきた日本語ラップのシーンからの影響を強く受けつつも、

既存のシーンに迎合するのではなく、一度確立されたシーンを覆う様々なバイアスを排除し、

各々がこれまでとは異なる解釈で“日本語でラップをするという行為、日本に於けるHipHopという文化”を体現しました。

極めて短期間に全国から同時多発的に起こった変化であるため、その特徴を箇条書きで説明していきたいと思います。

 

トピックの広がり

パーティーチューンやセルフボースト(自己賛美)だけでなく、戦後最大の不景気と言う背景も相俟ってか、ドラッグディーラーとしての自らの体験や、イリーガルな私生活を赤裸々に表現するアーティストが人気を集める様になります。

また、多くのリスナーもそれをノンフィクションとして受け入れる様になりました。

かつてはユートピア的な描写をされることが多かった“ストリート”という概念は“帰るべき場所”から“抜け出すべき場所”へと一部認識が変化します。

 

“脱”コミュニティとしての“東京”

この時期からますます東京以外の地方を拠点とした数多くのアーティストが第一線で活躍するようになります。

また、東京を出身とするアーティストもこれまでに確立されてきたシーンの中枢とは異なるコミュニティの中から輩出されることが多くなりました。

(自分たちのクルー内で全ての製作工程を完結させてしまったり、自主レーベルを所有している。等)

 

ラップの方法や評価基準の広がり

かつては、体現止めや倒置法を用い、小節の頭や最後に名詞を配置し母音を揃える押韻(脚韻や頭韻と呼ばれる)がライミングの手法としては主であり、

長く固い(踏み外さない)韻を踏む事が良しとされる傾向が強くありましたが、この時期からは短い韻を不規則に散りばめたり、

これまで主流とされてきたライミングとは異なる手法で“カッコいいラップ”をするアーティストが多く登場しました。

同時に、ライミング以上にフロー(ラップで言うところの歌い回し)の巧みさを武器にするアーティストが活躍し、

“押韻主義”に偏り気味だったシーンから一転、フロー巧者が高く評価される時代となりました。

 

アメリカのHIPHOPシーンからの乖離

この時期に名を馳せた多くのアーティストの作風は当時のメインストリームのHIPHOPサウンドの影響を受けるどころか、

むしろアメリカの流行とは反対に90’sマナーに忠実であったりアンダーグラウンド的なアプローチが強く見られ、日本のHIPHOPシーンは“ガラパゴス化”を進めます。

 

フリースタイルラップの広がり

ルールの整備されたフリースタイルラップバトルが開催されるようになり、ラップのスキルに即興性を求めるリスナーが急増しました。

中でも地方大会から全国No.1を決める『ULTIMATE MC BATTLE』が開催される様になったのもこの時期で、

レコーディングされた作品では無く、即興のラップバトルで全国的に名を知られる様になるラッパーも数多く登場しました。

 

 

 

 

雑誌『BLAST』や『bmr』が廃刊になったり、CDの売り上げ枚数が激減したりと、この時代は日本語ラップシーンにとって“冬の時代”とも呼ばれたりします。

 

blasthiphopjapaneserap

(HIPHOP専門誌『BLAST』最終号)

しかし、HIPHOPを取り扱うメディアの支持が得られなくなったという出来事は、

この時代、あまりにも多くの価値観がシーンの中に混在し過ぎていたというポジティブな見方も出来ます。

事実、アンダーグラウンドシーンの拡大内省的なリリックで自分の内面と向き合う個性的なアーティスト達の台頭は、

表面上のイメージからこれまではHIPHOPに偏見を持ち毛嫌いしていた様なリスナーも多く取り込むことにも成功し、日本語ラップの可能性を大きく広げました。

そして、決して大きいとは言えないながらも日本語ラップ、日本のHIPHOPシーンは

アメリカの流行には捕われない、独立した文化としての発展を大きく遂げます。

 

 

tha-blue-herbjapaneserap

(THA BLUE HERB)

※コミュニティとしての“東京”を仮想敵とし札幌からデビュー。

これまでに確立された方法論を根本から否定するかのような全く新しいライミングの手法や、

ハウスやアンビエント等のジャンルにインスパイアされたトラックは日本語ラップの歴史に大きな影響を与えた。

 

 

mscjapaneserap

(MSC)

※“リアル”である姿勢に徹底的で自身のストリートライフを反映させたリリックや、

当時のメインストリームシーンを完全に否定するかの様な不穏でヒリヒリとした作風が特徴的。

また、メンバーのMC漢はフリースタイルバトル『ULTIMATE MC BATTLE』の立役者でもあり、全員が非常に高いスキルを持つ。

 

 

scarsjapaneserap

(SCARS)

※イリーガルなストリートライフを描写したリリックが特徴的。

メンバー全員がそれぞれ既存の価値基準では図れなかった高いスキルと違った個性を持つ。

SEEDAやBESはソロアルバムや別ユニットでもシーンの中心人物として活躍。

“押韻主義”から脱却しフロー巧者が評価されるというこの時代の潮流を生み出したクルーであるとも捉えられる。

 

 

norikiyojapaneserap

(NORIKIYO)

※先述の当時の新しい流行や価値観が凝縮されたような1st ALBUM『EXIT』が幅広いリスナーやライターから高い評価を受けたことで、この時代のシーンの流れをますます確定的にした。

神奈川県相模原のクルーSD JUNKSTAのメンバーで他のメンバーも多くのヒットを生み出す。

 

 

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(韻踏合組合)

※この時代に敢えてライミングに固執し続けるという個性的なスタイルで全国的に人気を博したクルー。

大阪らしいユーモラスで遊び心の感じられるリリックや作風が特徴的。

フリースタイルシーンでも関西勢の筆頭として活躍する。

 

00年代後半の代表的な楽曲

『花と雨 / SEEDA』

『評決の時 / SWANKY SWIPE』

『IN DA HOOD / NORIKIYO』

『音信不通 / MSC』

『小名浜 / 鬼』

『揃い踏み / 韻踏合組合』

『サイの角のようにただ独り歩め / THA BLUE HERB』

『星の王子様(The Little Prince) / Shing02』

『禁断の惑星 / TABOO1 feat. 志人』

『0% / OZROSAURUS』

『イッサイガッサイ / KREVA』

『ILL西成BLUES -GEEK REMIX / SHINGO☆西成』

 

 

00年代後半の代表的なアーティスト

SCARS

SWANKY SWIPE

MSC

THA BLUE HERB

SHING02

降神

妄走族

韻踏合組合

DARTHREIDER

鬼一家

GAGLE

NORIKIYO

SIMON

D.O

ICE DYNASTY

SHINGO☆西成

OZROSAURUS

KREVA

サイプレス上野とロベルト吉野

 

『宿ノ斜塔 / MSC』

 

『Homie Homie Remix / SCARS feat. SWANKY SWIPE』

 

『小名浜 / 鬼』

 

『禁断の惑星 / TABOO1 feat. 志人』

 

『ミチバタ / COMA-CHI』

 

『路上 / THA BLUE HERB』

 

『2FACE / NORIKIYO feat. BES』

出展Youtube.com

 

※取り上げさせていただいたアーティストや人物の敬称は統一して省略させていただいております。

また文中での順番も不同、もしくは時系列を基準とさせていただいております。

主観や個人的な嗜好には依らず、飽くまで客観的、中立的な視点から書かせていただけるよう努めました。

 

続きの記事も是非ご覧ください。

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜現代編〜

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前回の記事も是非ご覧ください。

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜80年代編〜

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この記事を書いた人


funkyikeda

DJ FUNKY☆池田

10代の頃よりDJ活動を開始。

これまで関西を中心に大小問わず様々なイベントに出演、または自らそれらを企画。

豊富な知識と独自のキャリアの中で培われた鋭いセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のMIXスタイルは多方面からの高い支持を得ており、その個性を武器に様々なフロアを演出し続けるPARTY DJである。

また、持ち前の選曲の幅広さを生かすべく大規模なクラブイベントでのプレイとは別に、一晩を通してラウンジスタイルのロングセットを披露する『FUNKY LOUNGE』を実施。2009年の祇園祭の日に開催されたスペシャル企画では25時間のロングセットを成功させた。

更に、2010年からは同タイトルとなる『FUNKY LOUNGE』シリーズを皮切りに多数のMIX CDを全国に向けてリリース。 (全作品、全国大手レコードショップを中心に発売中)。

関西を代表するsinger『歩』ボーカルユニット『FUNK ON HIP』LIVE DJ。

2014年、『DJ’s SUMMIT MIX CD CONTEST』全国8位入賞。

現在も多数のレギュラーイベントにてPARTYの要となるDJを務める傍ら、他府県でのゲスト出演や、CLUB DJ教室のインストラクター等、その活動は多岐に渡る。

 

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関西のクラブを中心にDJとして活動中。
幅広い知識と経験に裏打ちされたセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のプレイスタイルで支持を得る。
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