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【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編(前半)〜

 2016/10/12 DJ講座 日本語ラップ
この記事は約 11 分で読めます。 1,531 Views

00年代前半〜半ば

(前回の続き)

さんぴんCAMPの開催を経て、日本語ラップシーンは更に幅広く全国から多くのファンを獲得する事となります。

クラブという舞台を超え、TVや雑誌など多くのメディアに日本のHIPHOPアーティストが登場し、

良くも悪くもHIPHOPという文化が目まぐるしい早さで大衆へと浸透していった時代でした。

 

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まず、その先駆けとして90年代末期、日本語ラップ史の中でも歴史に残る特大ヒット曲が生まれます。

 

『Grateful Days / Dragon Ash feat. ACO, ZEEBRA』

出展Youtube.com

 

当時、HIPHOPを取り入れた楽曲で一気に人気となったミクスチャー系ロックバンドDragon Ashの楽曲に

KING GIDDRAとして日本語ラップの聡明期を築いたZEEBRAがフィーチャーされ、この曲がオリコンチャートで1位を獲得し99年を代表するヒット曲の1つとなりました。

 

「俺は東京生まれHIPHOP育ち~」で始まる有名なZEEBRAのバースには

アンダーグラウンドのHIPHOPシーン直系のアティチュードや技術がギッチリ詰め込まれており、

正に“リアル”なHIPHOPが初めてお茶の間に届いた瞬間であったといえます。

 

同時期に、RIP SLYMEやKICK THE CAN CREW、ケツメイシ等のアーティストは

キャッチーなメロディーや共感を呼ぶリリックで一般層のファンも広く獲得し、ヒットチャートの常連となります。

 

ラッパーがゴールデンタイムのバラエティ番組や歌番組に出演する機会も一気に増え、

メジャーレーベルからもHIPHOPアーティストや楽曲にラップを取り入れたHIPHOP的なアプローチの強いアーティストが多数輩出されました。

 

宇多田ヒカルやMISIA、平井堅、CHEMISTRY等といった、洋楽に近いスタイルのR&B系アーティストが登場し、爆発的なヒットが量産されていたのもこの時期で、

客演や制作に携わるHIPHOPアーティストも同時に注目を集めました。

 

その他、衝撃的な出来事としては

Microphone Pagerや雷の流れを汲む大所帯NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのデビューや

アメリカの名門HIPHOPレーベルDEF JAMの日本支部の設立なども挙げられます。

 

また、M.O.S.A.Dや餓鬼レンジャー、Maguma MC’s、DOBERMAN INC等、関東圏以外の場所を拠点とするアーティストが全国的な人気を得る様になったのもこの時期でした。

 

HIPHOPを取り扱う雑誌やTV番組などのメディアも充実していました。

そして、若者の流行のファッションといえば所謂“B系”。

若い男性の殆どがオーバーサイズの服を身にまとい、SEAN JOHNやROCA WEAR等のHIPHOPブランドが大流行しました。

(ただし多くの人はそのルーツやHIPHOP文化を理解せずに着用していたようにも思います。)

 

この時期のHIPHOPの流行ぶりは社会現象と呼んでも差し支えない程に大規模で、

所謂、日本語ラップバブルと呼ばれるのもこの時期です。

 

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(ZEEBRA)

 

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(DABO)

※NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのメンバー

DEF JAM JAPANから第一号アーティストとしてアルバムをリリース。

 

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(ラッパ我リヤ)

※押韻に固執したハードコアなスタイルでオリコンチャート上位に楽曲をランクインさせる等、この時代を代表するアーティスト。

 

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(KICK THE CAN CREW)

 

 

その他、夏に代々木公園で開催されるHIPHOPの野外イベントB-BOY PARKは全国から多くのファンが集まる一大イベントとして印象的でした。

現在、TVでも大人気のフリースタイルバトルですが(事項でも扱います)、正確なルールが設けられ、即興のラップバトルを競技として成立させたのはこのイベントが最初です。

 

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※【リアル or フェイク論争】

日本語ラップがオーバーグラウンドの世界でも浸透していくにつれ、従来の日本語ラップリスナーは、何が本物のHIPHOPで何がそうでは無いか、という点をより強く重視するようになりました。

例えば、扱うトピックがストリート寄りでハードコアなアーティストや、分かりやすいライミング(押韻)に拘るアーティストが本物であり、

そうでないアーティストはHIPHOPとは認めない、という様な偏った判断基準を持つリスナーも多く生み出されました。

 

また、“リアル”が売りのアーティスト達も異なるスタイルのアーティスト達を“ワック”“セルアウト”と呼び、攻撃的な姿勢の楽曲を多くリリースする様になりました。

これは、安易にラップを取り入れた楽曲がメジャーレーベルから短期間に一気にリリースされたり、

HIPHOPという文化の本質を無視し、

表面的な部分での解釈のみでラップを取り扱うメディアによって誤解されたままのHIPHOP像が広まることを恐れたアーティスト達の懸念から生まれた現象であったと考えられます。

 

しかしながら、リスナーの判断基準が非常に曖昧で短絡的であったこともまた事実です。

例えば、(シーン聡明期から活動している)RIP SLYMEやKICK THE CAN CREWが

如何にHIPHOPマナーに忠実な楽曲をリリースしていたとしても彼らはリアルなHIPHOPアーティストであるという扱い方はされず、

ZEEBRAやRHYMESTERが如何にキャッチーなパーティーチューンをリリースしても彼らはリアルなHIPHOPアーティストとして認められるといった様な偏った傾向がありました。

 

これは恐らく、リスナーが楽曲や作品そのものでは無く、客演やプロデュースといった仕事の範囲から推測出来るアーティスト同士の繋がりや人間関係、

そのアーティストの立ち位置などを基準に“リアルorフェイク”を判断していたからであったと考えられます。

 

インターネットやSNSが発達した現在では、

アーティスト同士の交流や現場の状況が誰でも把握出来るようになり、当時ほど過激で極端なリスナーも減った様に思われます。

安易にHIPHOPを取り扱ったメディアも、一方通行の情報でリスナーを縛り付けたシーンも、ベクトルは違えど、ある意味では同罪だったのかもしれません。

 

『公開処刑 / キングギドラ feat. BOY-KEN』

 

00年代前半の代表的な楽曲

『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND / NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』

『平成維新 / キングギドラ feat. UZI, 童子-T』

『Mr. DYNAMITE / ZEEBRA』

『少年A / 童子-T』

『新時代 / ラッパ我リヤ』

『CHAIN REACTION / MURO feat. UZI,DELI,Q,BIGZAM,TOKONA-X,GORE- TEX』

『拍手喝采 / DABO』

『Let Me Know Ya… / TOKONA-X feat. Kalassy Nikoff』

『AREA AREA / OZROSAURUS』

『火ノ粉ヲ散ラス昇竜 / 餓鬼レンジャー』

『春夏秋冬 / Steady & Co.』

『イツナロウバ / KICK THE CAN CREW』

『ONE / RIP SLYME』

 

00年代前半の代表的なアーティスト

ZEEBRA

K DUB SHINE

MURO

RHYMESTER

ラッパ我リヤ

童子-T

KICK THE CAN CREW

RIP SLYME

NITRO MICROPHONE UNDERGROUND

M.O,S.A.D

餓鬼レンジャー

 

『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND / NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』

 

『Kross Ova’ <斬>』

 

『Mr. DYNAMITE / ZEEBRA』

 

『Do The GARIYA Thing / ラッパ我リヤ』

 

『つつみ込むように (DJ WATARAI REMIX) / MISIA feat. MURO』

 

『Luv Ya / Sphere Of Influence 』

 

『楽園ベイベー / RIP SLYME』

出展Youtube.com

 

※取り上げさせていただいたアーティストや人物の敬称は統一して省略させていただいております。

また文中での順番も不同、もしくは時系列を基準とさせていただいております。

主観や個人的な嗜好には依らず、飽くまで客観的、中立的な視点から書かせていただけるよう努めました。

 

続きの記事も是非ご覧ください。

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編 (後半)〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編 (後半)〜

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜現代編〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜現代編〜

 

 

前回の記事も是非ご覧ください。

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜80年代編〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜80年代編〜

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜90年代編〜

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この記事を書いた人


funkyikeda

DJ FUNKY☆池田

10代の頃よりDJ活動を開始。

これまで関西を中心に大小問わず様々なイベントに出演、または自らそれらを企画。

豊富な知識と独自のキャリアの中で培われた鋭いセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のMIXスタイルは多方面からの高い支持を得ており、その個性を武器に様々なフロアを演出し続けるPARTY DJである。

また、持ち前の選曲の幅広さを生かすべく大規模なクラブイベントでのプレイとは別に、一晩を通してラウンジスタイルのロングセットを披露する『FUNKY LOUNGE』を実施。2009年の祇園祭の日に開催されたスペシャル企画では25時間のロングセットを成功させた。

更に、2010年からは同タイトルとなる『FUNKY LOUNGE』シリーズを皮切りに多数のMIX CDを全国に向けてリリース。 (全作品、全国大手レコードショップを中心に発売中)。

関西を代表するsinger『歩』ボーカルユニット『FUNK ON HIP』LIVE DJ。

2014年、『DJ’s SUMMIT MIX CD CONTEST』全国8位入賞。

現在も多数のレギュラーイベントにてPARTYの要となるDJを務める傍ら、他府県でのゲスト出演や、CLUB DJ教室のインストラクター等、その活動は多岐に渡る。

 

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DJ FUNKY ☆池田

関西のクラブを中心にDJとして活動中。
幅広い知識と経験に裏打ちされたセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のプレイスタイルで支持を得る。
大小問わず多数のレギュラーイベントにてPARTYの要となるDJを務める傍ら、MIX CDのリリースやクラブDJのインストラクター、他府県でのゲスト出演等その活動は多岐に渡る。

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