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【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜80年代編〜

はじめに

日本語でラップをするという行為、日本に於けるHipHopという文化・・・。

 

現在では当たり前に定着しており、個人的な好き嫌いは別として、その存在そのものを否定することは不可能であると断言出来るでしょう。

既に英語のラップよりも日本語のラップの方に親近感を覚えるという人も若い世代では多い様ですね。

しかしながら、HipHopやラップという文化や技術が日本に輸入され、

現在のシーンが確立されるまでには先人達の様々な工夫や葛藤が繰り返されて来たという歴史があります。

現在のシーンにもアーティスト、リスナー問わず数多くのスタイルや思想が混在していますが、

丁寧に歴史を紐解いていくことで、それらのアーティストや音楽の事をより深く理解することが出来る上、興味の幅も大きく広がるのではないかと思います。

今回はそんな、知れば知る程に楽しめる『日本語ラップの歴史』を簡単な解説とともに振り返ることで、皆さんの音楽生活を少しでも豊かなものに出来れば幸いです。

 

shuremike日本語ラップ

 

80年代編

1900年代前半、アメリカでお酒が禁止されていた時代でも、

ナイトクラブは人目を忍んで共通の趣味を持つ人が集まるアンダーグラウンドな場所として発展していきました。

70年代頃になると所謂ディスコが社会的なブームとなります。

 

そして時期を同じくして、ディスコに遊びにいくお金の無いニューヨークの黒人達は

公園で「ブロックパーティー」と呼ばれるPARTYを開催するようになりました。

HipHopやラップの文化はそこから自然発生的な広がり方をしていったと言われています。

 

そして、日本に於けるHipHopやラップという文化の広がり方もアメリカと同じく自然発生的なものであったと言えるでしょう。

80年代には、日本でも海外の流行に敏感なアーティストや文化人が試験的な形で英語のラップを日本語に置き換えた作品をリリースするようになります。

その解釈の仕方も現在とは少し異なり、シーンといわれる様な環境が出来る前は、

今でいうサブカルチャー的な扱いに近い感覚で受け入れられていたようですね。

 

また、メジャーアーティスト達のそれとは異なるムーブメントも同時期にストリートから発生します。

原宿のホコ天(歩行者天国)ではCRAZY-A、DJ KRUSH、MURO、B-FRESHといったアーティストが既に活動をしていました。

こちらはアメリカのブロックパーティーにより近いニュアンスで捉えられるべきかと思います。

japaneserap日本語ラップ

 

最初の日本語ラップといわれるものには諸説あるようですが、80年代の有名な作品やアーティストを少しだけ紹介致します。

 

80年代の代表的なシングルやアルバム

『建設的 / いとうせいこう&TINNIE PUNX』(東京ブロンクス)

『Masscommunication Breakdwon / President BPM (近田春夫)』

『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3 / スネークマンショー』

『Visitors / 佐野元春』(COMPLICATION SHAKEDOWN / COME SHINING)

『俺ら東京さいぐだ / 吉幾三』

『It’s BAD / 田原俊彦』

『TIMEシャワーに射たれて… / 久保田利伸』

 

80年代の代表的なアーティスト

いとうせいこう

近田春夫

細野晴臣

Tinnie Punks (藤原ヒロシ、高木完)

ECD

CRAZY-A

KRUSH POSSE (DJ KRUSH、MURO、DJ GO)

 

『東京ブロンクス / いとうせいこう&TINNIE PUNX』

出展Youtube.com

 

『Masscommunication Breakdwon / President BPM』

出展Youtube.com

 

『咲坂と桃内のごきげんいかが1・2・3 / スネークマンショー』

出展Youtube.com

 

そして、これらの作品やアーティスト達の活動は多くのフォロワーを生み出しました。

 

80年代のサブカル派vsホコ天派という2つの派閥は90年代を経て現在へと繋がる大きな潮流となり、

そのアティチュードは次世代へと受け継がれていくこととなります。

 

※取り上げさせていただいたアーティストや人物の敬称は統一して省略させていただいております。

また文中での順番も不同、もしくは時系列を基準とさせていただいております。

主観や個人的な嗜好には依らず、飽くまで客観的、中立的な視点から書かせていただけるよう努めました。

 

続きの記事も是非ご覧ください。

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜90年代編〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜90年代編〜

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編前半〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編(前半)〜

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編後半〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜00年代編 (後半)〜

 

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜現代編〜

【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜現代編〜

 

この記事を書いた人


 

funkyikeda

DJ FUNKY☆池田

10代の頃よりDJ活動を開始。

これまで関西を中心に大小問わず様々なイベントに出演、または自らそれらを企画。

豊富な知識と独自のキャリアの中で培われた鋭いセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のMIXスタイルは多方面からの高い支持を得ており、その個性を武器に様々なフロアを演出し続けるPARTY DJである。

また、持ち前の選曲の幅広さを生かすべく大規模なクラブイベントでのプレイとは別に、一晩を通してラウンジスタイルのロングセットを披露する『FUNKY LOUNGE』を実施。2009年の祇園祭の日に開催されたスペシャル企画では25時間のロングセットを成功させた。

更に、2010年からは同タイトルとなる『FUNKY LOUNGE』シリーズを皮切りに多数のMIX CDを全国に向けてリリース。 (全作品、全国大手レコードショップを中心に発売中)。

関西を代表するsinger『歩』ボーカルユニット『FUNK ON HIP』LIVE DJ。

2014年、『DJ’s SUMMIT MIX CD CONTEST』全国8位入賞。

現在も多数のレギュラーイベントにてPARTYの要となるDJを務める傍ら、他府県でのゲスト出演や、CLUB DJ教室のインストラクター等、その活動は多岐に渡る。

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DJ FUNKY ☆池田

関西のクラブを中心にDJとして活動中。
幅広い知識と経験に裏打ちされたセンス、楽曲の持つグルーヴ感やルーツの魅力を最大限に引き出す独自のプレイスタイルで支持を得る。
大小問わず多数のレギュラーイベントにてPARTYの要となるDJを務める傍ら、MIX CDのリリースやクラブDJのインストラクター、他府県でのゲスト出演等その活動は多岐に渡る。

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