1. TOP
  2. 日常の恐怖を忘れるためナチスに占領されたフランスから始まったディスコの歴史をたどる

日常の恐怖を忘れるためナチスに占領されたフランスから始まったディスコの歴史をたどる

 2016/11/13 DJ講座 クラブの歴史
この記事は約 6 分で読めます。 2,027 Views

ディスコが生まれた街は戦時中のパリ

 

ディスコの語源の「ディスコティーク」がフランス語だということはよく知られています。

 

ディスコ文化が始まったのは、1940年代の第二次世界大戦中のフランス。

 

ナチス・ドイツに占領されたパリでは、人々が集まり踊るという行為が禁止されてしまいました。

 

そんな恐怖に怯えながら生きていく毎日だからこそ、

パリの人々はナチス軍の目を逃れて、深夜に隠れた場所に集まり、持ち寄ったレコードをかけ、

不安を忘れるように踊るようになりました。

 

レコード=ディスク

に合わせて踊るということを人々は「ディスコティーク」と呼ぶようになったのです。

 

これが今のディスコの始まりとなります。

 

 

ディスコの街ニューヨークで歴史を変えたディスコ”Arthur”

 

disconewyork

出典popular-song.com

 

 

ナチスの占領下になったパリで、隠れるようにレコードをかけて踊るようになって始まったディスコティーク。

 

第二次世界大戦は終わり、敗戦国のドイツは東西に分断され、

アメリカは戦勝国となりました。

 

1960年末

戦争に勝ったアメリカにもディスコ文化が伝わり、ニューヨークに最初のディスコがオープンします。

 

 

しかしそのディスコというのは、今とは違い、

1枚のレコードをかけ終わると、次のレコードをかけるまで音が止まってしまう、

 

つまりターンテーブルが一つしかない、という状態でした。




そして1965年、ディスコに新しい文化を取り入れた”Arthur(アーサー)”がオープンします。

 

これがディスコ文化の先駆け的な存在となり、

DJブース内に2つのターンテーブルを持ち込み、

最初のレコードが終わるとフェードアウトさせ、もう一つのレコードをかけるという

 

客を休ませる間もなく、プレイするというスタイルを編み出し、世に広めていきました。

 

 

歴史を動かす会員制パーティー”The Loft”

 

70年代前半の初期ディスコムーブメントの立役者として

ニューヨークのディスコシーンを盛り上げたのが、

 

会員制のダンスパーティ「The Loft」を主催したデヴィッド・マンキューソ

伝説のクラブ「The Gallery」の創業者兼DJのニッキー・シアーノ

 

デヴィッド・マンキューソ
デヴィッド・マンキューソ

出典ele-king

 

 

ニッキー・シアーノ

ニッキー・シアーノ

出典residentadvisor.net

 

 

人類は月に降り立ち、ビートルズが活躍し、ロックに酔いしれ、

ヒッピーが生まれ、ゲイカルチャーが生まれ、

サイケデリックがブームとなっていき、LSDやスピードといったドラッグが蔓延していた

 

そんな時代です。




黒人やゲイは差別を受け、

 

「非暴力主義」を提唱し、公民権運動を起こしていた

アフリカ系アメリカ人のキング牧師が殺害され暴動が起きるなど、

 

フラストレーションが溜まり、感情が高ぶっていた時代です。

 

newyork

 

 

そんな背景もあり、

人種、性的マイノリティー、階級、貧困から開放され、

共通共同の仲間だと言う意識を持ち、踊り、ドラッグやSexの快楽に酔いしれる。

 

 

黒人やラティーノ、アジア系、白人やゲイが隔たりなく入り乱れる

「The Loft」が集いの場となっていきます。

 

あらゆる人種が生きるニューヨークで

会員制のダンスパーティ「The Loft(ザ・ロフト)」が盛り上がるのは当然だったと言えます。

 

 

デヴィッドマンキューソが残した人種を超えた伝説の会員制パーティThe loft(ザ・ロフト)

デヴィッドマンキューソが残した人種を超えた伝説の会員制パーティThe Loft(ザ・ロフト)

 

 

そして、なによりマンキューソやニッキーもゲイでした。

 

 

1972年、ついにデヴィッド・マンキューソは

会員制ダンスパーティー「The Loft(ザ・ロフト)」をやめる決断をします。

 

 

ニューヨークの伝説的クラブ”The Gallery”

 

行き場を失う人々でしたが、

The Loft(ザ・ロフト)」に出入りしていたDJニッキー・シアーノが

ニューヨークの伝説的クラブ「The Gallery」を創業することになります。

 

 

ニッキー・シアーノは「The Loft(ザ・ロフト)」でディスコに必要不可欠な要素を学び尽くし、

また現代DJの必須スキルであるミックス、曲のBPMを合わせるテクニックを発明したと言われていて、

現代DJの基礎を築いた偉大な人物です。

 

 

当時はまだ17歳で、法律的にディスコに出入りできない年齢でしたが、

仲間と共に手作りで「The Gallery」を作りあげ、そしてDJとして熱狂したプレイでニューヨークを沸かせていきます。




\ SNSでシェアしよう! /

o2mediaの注目記事を受け取ろう

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

o2mediaの人気記事をお届けします。

  • 気に入ったらブックマーク! このエントリーをはてなブックマークに追加
  • フォローしよう!

ライター紹介 ライター一覧

o2media

o2media

o2mediaというDJ、クラブ、音楽、ストリートシーンの情報を発信する総合メディアサイトです。海外の最新ストリートファッションや、DJ情報、おすすめの音楽など、ストリートってカッコいいんだぜ!DJってカッコいいんだぜ!をなるべくわかりやすくまとめて発信しています。

この人が書いた記事  記事一覧

  • ヒップホップMCカニエ・ウエストが着用する注目ストリートファッションブランド16選

  • 日本一のDJ輩出実績を誇るDJスクール【Ⅲ FAITHS DJ SCHOOL】代表神山清豪独占インタビューVol.5

  • 日本一のDJ輩出実績を誇るDJスクール【Ⅲ FAITHS DJ SCHOOL】代表神山清豪独占インタビューVol.4

  • 日本一のDJ輩出実績を誇るDJスクール【Ⅲ FAITHS DJ SCHOOL】代表神山清豪独占インタビューVol.3

関連記事

  • 日本一のDJ輩出実績を誇るDJスクール【Ⅲ FAITHS DJ SCHOOL】代表神山清豪独占インタビューVol.1

  • 【ヒップホップ備忘録】日本語ラップの歴史〜90年代編〜

  • 【0からの初心者向けDJ講座】クラブDJになるには?DJの基礎と始め方入門③【DJスタイル編】

  • 【0からの初心者向けDJ講座】クラブDJになるには?DJの基礎と始め方入門②【機材編】

  • 黒人ゲイカルチャーによって生まれたシカゴハウスの歴史ロックを愛すディスコへの復讐

  • 【DJ今昔】アナログからPCDJへ時代は変わり、かつてのステータスはゴミと化した